双極性障害1型の主婦の日常あれこれ

2005年頃に双極性障害と診断され、鬱の波がほぼ一年中です。
一昨年3月から必要に迫られて、お仕事を始めましたが、入退院の繰り返しで最近は働く事を諦めました。
両親とも上手く行っていない、双極性障害、前途多難な障害者のブログです。

「普通」の今、考える事。

「普通」と言っても風邪が完全に治らないせいか、朝から頭痛がしてロキソニンを飲んで、ベッドにいるワンダムです。


眠れないので考え事をしていました。


何故、以前に4回も自殺を試みたのか… ?


その時の動機とか周りの事とか覚えていないのですが、「普通」の今は病死なら兎も角、「自殺」で死ぬなんて、愛する家族にどれだけ迷惑を掛けるのか…


この前も寝ていて、このまま死んでしまいたい。と思っていました。この気持ちは変わりませんがあと50年位生きていなければ、「老衰」は訪れないでしょう…


私は何人かの自死遺族の方のブログを読者登録して拝見していますが、皆様お子さんを亡くされています。

突然、伴侶を亡くされている方のブログも拝見していますが、皆様に共通している事は「会いたい」と云う事。遺された方の痛みを知る事で自身を戒めているところです。


お陰様で誰も居ない夜に、首を吊ろうかな?と思っても自宅での死亡は医師の診察から24時間以上経った場合は警察の取り調べがある。と冷静に思い出し、そうなったら近所中にも知られ、家族がここに住んでいられなくなる。愛犬の世話をする人も夫だけになってしまう。と思い直し、馬鹿な考えは止めようと思い留まります。


でも、時折フラッと電車に飛び込んだら、後の事は考えず死ねるじゃないかと通院の時に思います。


でも、飛び込みは周りの関係ない人まで迷惑を掛けてしまう。それに赤の他人にまで死体を晒したくない…


大量服薬をしても大量飲酒しても首を吊ろうとしても死ねなかったけど、死ぬのなら家族が居ない間に家で首を吊って死ぬ。と決めています。


こんな考えを自死遺族の方が知ったら嫌な気分になると思いますが、「普通」である今の幸せを感じるとまた、鬱になった時に自分は役に立たない人間で、これから楽しみも働く事も出来ない。と思うと、また希死念慮が沸いて来ます。


でも、何故過去に本当に死のうとしたのか?


もう、思い詰められて何も考えられる余裕が無かったのだと思います。遺書も走り書きだけでした。書いていない時もありました。


また、何時かそんな日が来るのか…


優しい夫に迷惑を掛ける事も考える余裕もない程、夫に理解を得られなくなれば、多分またやると思います。


でも、様々な方のブログを通して今は以前の私と違います。


結局のところ、夫に追い詰められなければ、私は生き続けるでしょう。


「自殺」だって双極性障害による「病死」ですよね?

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