双極性障害1型の主婦の日常あれこれ

双極性障害の主婦のわんこ達との日常

2005年頃に双極性障害と診断され、鬱の波がほぼ一年中です。

昔のパニック発作の原因

昨日は治ったと思っていた筈のパニック発作の事を書きましたが、昔は何度かパニック発作を起こしていました。


最初のパニック発作は今の病気になる前の事。



アメリカで息子2を妊娠中、切迫早産で入院を8回もした事もあって、(息子1がまだ1歳半の頃)実母が渋々、面倒を見に来てくれました。

3週間だけと云う条件のもとに。


アメリカの病院で入院するなんて事は滅多にありません。産後も1日で退院です。


切迫早産と言えども、自宅安静出来れば入院なんかしません。


次に来てくれたのが、義姉です。(義母は遊びには来たけど、助けには来てくれませんでした。)義姉はアメリカの普通の暮らしを体験してみたい。と自ら名乗り出て2ヶ月程来てくれていました。


そして息子2が大晦日に生まれ、夫もお正月休みと言う事もあって、義姉も自分の子どもをお姑さんに見て貰っているので、1/7頃に帰ってゆきました。


でも、入院したり、硬膜外麻酔の失敗で骨髄液減少症になって、酷く体調が悪く、安静にしていたのと、出産の為に体力が落ちていて、産後の体調は最悪でした。


夫は暫くは定時帰社すると約束してくれていたのに、義姉が帰った翌日に1回だけ定時帰社してくれただけでした。


なので、理由を話して母にもう一度来てくれないかと電話をして頼んだら「嫌よ。あんたは〇〇家に嫁にやったんだから、向こうのお母さんに来てもらいなさい。」の一言で断られ、直ぐ電話は切られました。


それからは、もう誰にも頼れないと思い(日本に住んでいる人ですら一人目の出産でも里帰り出産する人が多いのに、しかも2歳になったばかりの長男を抱えて)体調も気分も最低な日が続いていました。


それで、誰にも頼れないと云う事が常に頭の中にあってパニック発作を起こしていました。


この頃のパニック発作は気が狂ってしまうんではないかとか、このまま死んでしまうんではないか、という位不安感の強いパニック発作でした。


そして、帰国して、息子2も幼稚園に通う様になって、初めて安心して人に預けられ自分の時間を持てる様になり、パニック発作とは無縁の日々を過ごす様になっていました。


それから数年後、またヨーロッパの某国へ夫が赴任する事になって、それが切っ掛けで鬱になり、息子1が思わぬ病気にかかり、ワンダムと息子達の渡航は延期となり、もしかしたら夫の単身赴任になるかも?と云う事態になりました。


ワンダムの鬱は酷くなる一方で、その状態で海外生活なんて無理と思っていたのですが、夫の強い希望で(息子1の病気も良くなり)渡航しました。


でも、鬱状態で日本とはシステムの違う家庭医方式(専門医による治療法でない)の治療や精神疾患なのに、満足に言葉も通じなく思いを伝えられず、鬱がドンドン酷くなり、度々パニック発作を起こしていました。


帰国して、精神科に入院したり、双極性障害となったりしましたが、日本に居る、病気になったら、直ぐ病院へ行ける。という安心感から、その後パニック発作を起こした事は一度もありませんでした。


ですから、パニック発作は完治したのだと思っていました。


映画館での発作は、上映中立つのも嫌だし、迷惑なので、心配していたのに、些細な事が重なってパニック発作に至りました。


自分のメンタルの弱さに驚いています。


アメリカで出産した時に周りの友達は皆、出産間近になると、お母さんやお姑さん夫婦が来たりしてくれていました。


ワンダムの場合、妊娠中に入院したり、絶対安静だったりしたので、生まれたら、産後の肥立ちなんて心配されていませんでした。


いつだって、親には甘えられず育って来たので、メンタルは強い方だと思っていました。


映画鑑賞の事でまた、パニック発作を繰り返す様にならないよう、気を付けたいと思います。


予期不安のループに陥ると映画館だけで無く、外出も困難になってしまいます。


ぼくもしょっちゅうかいかいになやまされてますよ。


おかぁちゃんもいろいろたいへんなんですね。

ぼくたちがついてますよ。


おかぁちゃんもクローゼとチーズが一緒で心強いですよ。