双極性障害1型の主婦の日常あれこれ

2005年頃に双極性障害と診断され、鬱の波がほぼ一年中です。
一昨年3月から必要に迫られて、お仕事を始めましたが、入退院の繰り返しで最近は働く事を諦めました。
両親とも上手く行っていない、双極性障害、前途多難な障害者のブログです。

診察日(精神科・内科)ヨーロッパの思い出

昨日は起きていたのは4時間です。20時間横になっていました。

全く何もやる気になれず、なのに、夫からは頼りにされて逃げ出したく、希死念慮が過ぎりました。


こんな事で死ぬ位なら、入院した方がマシ。と思って思い留まりました。


今日の精神科では昨日、一昨日3時間と4時間しか起きていられなかった事を睡眠覚醒リズム表をお見せしながら話をして、気分がかなり落ち込んでいるのでラミクタールを朝晩2錠ずつ飲んでいるのを3錠ずつにして、150mg飲む事になりました。これで改善されれば良いのですが。


あと、大して食べていないのに太って来た事には理由がありました。トイレの話なので嫌な方はスルーして下さいね。


寝たきりの生活を2日していたので、トイレで大きい方をする事もなく3日間便秘でした。


鉄剤を飲んでいた時に下痢気味になったので、センノシド4錠を止めていたので、尚且つレボトミンは強力な便秘の副作用がある為、余計に便秘になっていました。3日前も出たか覚えていません。🙄


内科の方は膀胱炎の後にまた来て下さい。と言われていたので、病院の帰りに寄りました。


尿も濁っていなくて、血液反応も無いとの事で、予防用にまた変だと思ったら飲んで下さい。と3日分またお薬が出ました。

これで、何か有った時は安心です。


今日は初めて鬱になった時のように、辛くて辛くて、病院も行けそうに無く、でもお薬が無いし晩ご飯の支度もする気にならないのでお弁当の買い出しに行かなければならないので、病院に行って来ましたが、帰りに夫に頼まれていた銀行にも寄って、スーパーにも行って、それが、海外にも居た時に酷い鬱になっていた時の様に辛くて海外在住の辛い日々を思い出しました。

住んでいた海外では毎週金曜日にマーケットがあり、車の運転も出来なくなっていた私は電車でマーケットに毎週出掛けていたのですが、電車に乗っている時も憂鬱で、買い物して、日本人の知り合いに会う確率が高く、デパートに寄って昼食を買って帰ったり、デパートで1人で食べたりしていた、真っ暗闇の中に過ごしていた様な日々を思い出したました。


銀行や薬局には自転車で行っていました。


アメリカに住んでいた時は毎日をエンジョイしていたのに、ヨーロッパの寒い国では、辛くて辛抱ばかりだったなぁ。毎日、光の見えない日々を過ごしていたなぁ。と振り返っても思い出します。


今日の通院はそんな日を思い出させる様なお出掛けでした。


何をやるのも辛い…

ただ、今は日本でお弁当でご飯を済ませる事も出来るし、言葉も日本語で不自由する事も無いし、子供をスクールバスまで送り迎えする事も無く手が掛からなくなりました。


ヨーロッパで過ごした日々の旅行中以外は暗黒の世界でした。


これが南の方の国だったらもう少し違っていたかも知れません。


最初の激鬱の時に、気の進まない海外へ行かなくてはならなく、ヨーロッパだったので、私の行きたい所へ少し旅行出来た事以外、何も私にとって良い事はありませんでした。


この時のママ友とも年賀状のやり取りだけで、 親友と呼べる様な人は出来ませんでした。


こんな、うそ寒い日は寒かったヨーロッパの国の事を思い出しました。


あの時は本当に辛くて、子ども達が小学生と小さくなければ死んでいたと思います。


子ども達の事を遺して行けないとの一心から、自殺を思い留まっていました。引き裂かれる様に辛い日々でした。


今日はそんな日々を思い出す様な日でした。

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