双極性障害1型の主婦の日常あれこれ

2005年頃に双極性障害と診断され、鬱の波がほぼ一年中です。
一昨年3月から必要に迫られて、お仕事を始めましたが、入退院の繰り返しで最近は働く事を諦めました。
両親とも上手く行っていない、双極性障害、アダルトチルドレンの絶望、希死念慮だらけのブログです。

自殺未遂と過去の反省

恥ずかしい話ですが、敢えて書きます。


私は常に希死念慮が有ります。

調子がいい時ですら、また落ちた時の事を考えると今のうちに死んでしまおうか…と考えます。

特に誰も家に居ない時には今こそ、死ぬチャンスだ。と思います。


でも、それを実行しないのは、過去の反省からです。


希死念慮が常にあるので、自死遺族の方々のブログを拝見しています。

遺された方々がどんなに辛い思いをされているか知る事で自分の考えを戒める為でもあります。


お子さんを亡くされた方々のブログが多いですが、拝見すると、如何に辛いか良くわかります。自分に置き換えてみると、息子のどちらかが自死したら、矢張り後追いしたくなる程、気の遠くなる様な辛く地獄の様な毎日を送る事になるでしょう。


でも、私は自死しようとした側です。

不幸中の幸いに死なずに済んでいるので、こうしてブログなんぞ書いていられるのですが、最初に自殺を図ったのが、子供たちが小学生の時でした。


それから3回も繰り返したので、余り深く考えていませんでしたが、私の自殺未遂が子供たちをどれだけ傷付ける事になったか…


男の子なので、口には出さないけれど、深く傷付いた事と思います。


二男は最初の未遂の後に体調がおかしくなり、学校でも公文のお教室でも先生から、「落ち着きが無くて、何度もトイレへ行って、顔色も真っ青で大きな病院で診て貰って下さい」と言われました。


それで、子供病院に連れて行って血液検査をして貰ったら「こんな綺麗な血液は無いですよ。どこも悪くは有りませんね。」と言われて(精神面から来ているのだ…)と気付きました。


私は自殺しようとする位だから、自分の事で精一杯で、例え自分の子供たちの事でも気付いてやれませんでした。


長男は非行に走りました。家にも居着かなくなる様になり、(外泊したりはしませんでしたが)お喋りだった長男が余り、家族間でお喋りをしなくなりました。


非行はペンの万引き程度でしたが、素直で明るかった長男がそんな事をするなんて考えられなかったのです。


今考えると母親がしっかりしていなかったのが原因だと思われます。


そんな子供たちも成長して高校生になり、明るさを取り戻しましたが、中学生時代は私がしょっちゅう入院していた為、部活の応援活動等、参加しませんでした。なので子供たちの中学生時代のママ友は1人もいません。


子供たちも高校生になり思春期も過ぎ、ある程度、親離れしたのかも知れません。


優しい長男は日頃から、誕生日等の日にはプレゼントをくれていましたが、中学生時代は貰った事が有りません。


高校生になって初めての母の日に100円ショップで買ったマグカップを貰ってから、今年の誕生日迄、全く何もくれなくなりました。


例え100円の品でも、カードでも貰えたらとても幸せな気持ちになっていましたが、長男は自分達を見捨てて死のうとした母親なんて居なくてもいいか、距離をおこうと思っていたのかも知れません。


二男は体調を崩す程に精神面で病んでしまったし、長男からは距離を置かれてしまったし、自殺しようとして良い事なんて、ひとつも有りませんでした。


死んでも悲しまれるより、怒りの方が勝るかも知れませんね。


自殺を考える時は周りの事を考える余裕なんて無いので、大事な子供たちの事も振り返る余裕が無かったけれど、夫も含め大切な家族がいるのにもう、死ぬなんて事はしない様にしたいと思っています。


然し、絶えず希死念慮は有るのは事実でもあります。


反省しながら、希死念慮と闘う毎日です。


今年の長男からの誕生日プレゼントは長男も大人たなって、私の気持ちも少しは理解出来る様になってくれたのかも知れません。


非行に走った時期も有りますが、今は成人し社会人として生活してくれるのが何よりの親孝行です。


私も裏切らないように死にたくなったら、遺される家族の事を考えることにします。

自死は事故死、病死以上に不幸を呼ぶだけです。

こんな可愛い子たちもいます。