双極性障害1型の主婦の日常あれこれ

2005年頃に双極性障害と診断され、鬱の波がほぼ一年中です。
一昨年3月から必要に迫られて、お仕事を始めましたが、入退院の繰り返しで最近は働く事を諦めました。
両親とも上手く行っていない、双極性障害、前途多難な障害者のブログです。

漢検の勉強と双極性障害の発症の経緯

昨日は夕方から復活して、夫に買い物に行って貰い、食器洗いをしてから、漢検の勉強を始めました。


2級です。かなりいい線行ってる感じですが、「部首」の読み方が解らない物が結構有ります。「虞る」の部首「とうがしら」缶「ほとぎ」等、聞いた事の無い物です。缶は「かん」とは読めても部首として、ほとぎとは読めませんでした。知らなかった〜。


「部首」の読み方までは試験には出ない様ですが、部首が読めれば解らない漢字も直ぐに漢字辞典で調べる事が出来ます。


書き順も良く見ると間違って覚えていたり、新しい発見があって、漢検の勉強、2級は楽しいです。


漢検以外の検定は宅建の免許を受けようと勉強して以来です。


宅建は民法の部分が全く頭に入らず諦めました。もう10年も昔の話ですが…

宅建の免許を持っていても、私には何のメリットも無い事に気付いて止めたと云うのもあります。


不動産会社に就職するとかなら必要ですがパートでした。


でもパートで一番長く働いたのが不動産会社で6年位勤めていました。


夫の転勤が無ければずっと勤めていられたのに…


辞めなければ双極性障害にならなかったかも知れないのに…


でも、双極の発症の切っ掛けはパート先で嫌がらせを受け鬱を発症した事になっています。


初めて入院した時の退院後のパート先も不動産会社でここで大躁転しました。その時は鬱で入院していたので、鬱がすっかり良くなったから、凄く快調なのだと思っていました。(入院直前に大量服薬して自殺を試みました)


入院出来ると云う事は、私は居なくなっても子供たちの事は大丈夫だ。と思い込んで死のうとしました。


その時の主治医には「何で入院する事が決まっていたのに、死のうとなんかしたのですか!」と怒られました。


この当時はまだ子供たちが小学生と小さく、子供たちを置いては死ねないと言う一心で生きていました。


なので、手の掛からなくなった今は却って、何時でも死ねる…と直ぐに希死念慮に取り憑かれます。


夫の事はもっと若い奥さん貰い直して貰えばいい。と考えていました。安易な考えですが、周りの事なんて見返る余裕なんてありませんでした。


今はこんなおじさんに結婚相手なんて見つからないだろうから、独りにしたら可哀想と思えますが^^;


話が飛んでしまいましたが、私の双極障害の発症の経緯は初めて書いた気がします。

夫がトリミングから帰って来ると何時もバンダナを、巻かれているのを見て「識別の為かな?」なんて言うのです。😅

「オシャレにしてくれてるんでしょう!」と言いました。そうですよねぇ?